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ガラガラガラ……。
蕎麦屋の戸を引く。
もう日付が変わっている。とっくに閉店時間は過ぎている。
普段九門はこういうとき、閉店後に店に行くことを予め店長に告げるのだが、今日は違った。店長に何もいわず、店を訪れた。
だが、店の入口は空いていた。
店長はカウンター席に座っていた。ノートPCを開いている。そして手元には一杯の生ビール。
店長は九門の入店を確認すると、ニコリと笑った。
「来たな、有名人」
「店長……」
その笑顔を見て、九門のソワソワ感が少し納まった。
ギギーー。
店長は自分の隣の椅子を引いた。
「来ると思ったよ。ナマでいいか」
店長はカラのジョッキを持って、ビアサーバーの方に歩いて行った。九門はようやく落ち着き、店長が座っていた椅子の隣に座った。
ゴトッ。
「ほらよ」と、店長が生ビールを置き、九門の隣に座った。
「夏木修司が一発つぶやいたらコレか。恐ろしいもんだな、SNS」
ゴクッ。九門は生ビールを一口飲んだ。
「いや、俺も何が何だか……」
「まあ、良かったじゃんか。たくさん読んでもらえて」
「でも、いきなりこうなって、なんか怖いっていうか……」
また、九門の胸の鼓動が早くなってきた。いま起きていることを改めて話し、再認識したせいで、あのソワソワ感がよみがえってきたのだ。
店長はニヤリと笑った。
「なに言ってんだよ、何万部も出てる雑誌の編集者のクセに」
「あ……」
胸の鼓動が緩やかになった。
そうだった。自分は普段何万もの読者を相手に雑誌を作っているじゃないか。
さらにいえば、雑誌は読者からお金をもらっている。責任はさらに重い。
店長はまた笑った。
「いつももっと大変な仕事してんだろ。このくらいでオドオドすんじゃねえよ」
「そうか……」
ゴクゴクゴク。今度は三口くらい飲んだ。ジョッキを置き、店長のノートPCの画面を指さした。
「ほら、今日はコメントもたくさんついてんだ。すげえ嬉しいよ」
「……。」
「あああぁぁぁーーーー」
九門はひとつ、伸びをした。
「なんか落ち着いたら腹減ってきちゃった。今日久々に編集長に怒られてさ。こんなときは鴨汁かな」
店長は、また笑った。
「へい、毎度」
カウンター席を立ち、ノートPCを奥の棚に持っていった。そして厨房に入り、いつもの紺色のエプロンを腰に巻いた。
九門は蕎麦を茹でる店長の背中を見ながら思った。
「今日はさらに背中がカッコいいな」
店長が振り向いた。
「九門の気持ち、ちょっと分かるよ。俺もさ、自分の店のレビューが初めて食べログに書かれたとき、なんか謎にソワソワしたからな。で、ヘンな汗が出てさ」
「あー、そうそう。一緒、一緒。俺的に言うとさ、ラジオ番組でさ……」
九門は饒舌になった。さっきまでのヘンなソワソワ感が吹き飛んでいた。
「レビューとかイイコト書かれると嬉しいよね」
「まあ、悪い気はしねえな」
「俺のやつのコメントもさ、みんなイイコト書いてくれてさ」
「そうか、良かったな」
店長の返事はちょびっと遅かった。一瞬の間があっての返事だった。九門はその間を特に気にはしなかった。
店の奥の棚、開かれたノートPCの画面には「異世界バスケ」に対するコメントが表示されている。その数は500を超えているが、九門は10件ほど読んだ後、ほとんど目を通していない。
そこに書き込まれているこんなコメントにも気づいていなかった。
「ゴメン、つまんねえ」
「期待外れ、乙」
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小説/僕のラノベは世界を救う 第13話/店長と話した へのコメント一覧
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