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「おはようございます…」
「九門くん、まだ昨日のこと引きずってる?」
隣の席に座っているのは、九門が「ケンさん」と呼ぶ、1コ上の先輩。サラサラな黒髪に華奢な体形。店長とは真逆の風貌。豪快にオラオラ的に喋ってくる店長とは違い、いつも優しい雰囲気で言葉遣いも丁寧。
ただ、励まされても、九門の表情は変わらない。彼が暗い雰囲気なのは、昨日怒られたせいではないのだから。とはいえ「朝から30回ディスられた」とは言えない。ブログを書いていることすら内緒なのだ。まさかそれが昨日バズッた「異世界バスケ」だとなると、いよいよ言い出せない。なんだか面倒くさいことになりそうで。
九門は時計を見た。
まだ7時か。
「……。」
「明日のほうが多分捗ると思うよ」
その夜、九門は蕎麦屋に入った。まだ20時。九門にしては少々早い入店。
「お、珍しい」
「ん? なんか元気ねえじゃん」
15分ほどののち、客は九門だけとなった。
午前10時(チョイ過ぎ)の編集部、
「おはようございます…」
朝から30回ディスられた九門は、いつもより随分トーンの低い挨拶をして席に着いた。その顔を見れば誰だって、彼が決して元気じゃないことは分かる。
「九門くん、まだ昨日のこと引きずってる?」
隣の席の先輩から声がかかった。
「いや……」
隣の席に座っているのは、九門が「ケンさん」と呼ぶ、1コ上の先輩。サラサラな黒髪に華奢な体形。店長とは真逆の風貌。豪快にオラオラ的に喋ってくる店長とは違い、いつも優しい雰囲気で言葉遣いも丁寧。
因みに毎朝9:30には席に着いているらしい。立派過ぎる。日付が変わってから蕎麦屋の暖簾をくぐる九門には絶対マネできない。これで名前が「ケンゴロウ」というのだから、果てしなく似合わない。だからなのかどうかは分からないが、九門は彼を「ケンさん」と呼んでいた(上司は「ケンゴロウ」と呼んでいる)。
ケンさんは今日も優しかった。
「切り替えなよ。ミスは誰にでもあるもんだから」
「っす、ありがとうございます」
ケンさんはいつも丁寧に話しかけてくるので、普段タメ口乱発の九門も「ですます」で話すことが多い。特に返答の際はそうなる。
ただ、励まされても、九門の表情は変わらない。彼が暗い雰囲気なのは、昨日怒られたせいではないのだから。とはいえ「朝から30回ディスられた」とは言えない。ブログを書いていることすら内緒なのだ。まさかそれが昨日バズッた「異世界バスケ」だとなると、いよいよ言い出せない。なんだか面倒くさいことになりそうで。
九門は静かに仕事を始めた。昨日のようなソワソワ感はもうないので、ミスはなかった。しっかり原稿をチェックし、いつものようにアカを入れた。
そのゲラ(校正作業用の見本刷り)を読んだ編集長は「いいよ」と、あっさりと九門にゲラを戻した。
因みに、ぶっきらぼうに見えるかもしれないが、こうやって「いいよ」の一言でゲラを渡されたときは、実は「よくできました」という意味だったりする。
追加修正や再確認の指示はなく、一発で通った。普段なら、伸びの一発でもして「終わったー」と晴れやかな気分になるものだが、その日の九門は、それでもちょっと暗い顔のままだった。
九門は時計を見た。
まだ7時か。
明日の分もちょっとやっとこうかな。
そう思い、別ページの原稿を読もうとしたとき、
ケンさんが九門の肩を叩いた。
「今日は早く帰りなよ、いいよ1日くらいラクしたって」
「……。」
「明日のほうが多分捗ると思うよ」
「スンマセン、そうさせてもらいます…」
「お疲れ、明日また頑張ろうね」
優しすぎる。こんなイイ人なかなかいない。
その夜、九門は蕎麦屋に入った。まだ20時。九門にしては少々早い入店。
「お、珍しい」
店長がいつものニヤリ顔でお出迎え。
「っす」
「ん? なんか元気ねえじゃん」
「いや、そんなことないけど」
「ちょっと待ってろ、今日は暇だからハナシ聞いてやるよ」
確かに、客はあまり多くない。いま4人がけのテーブルで食べている人がいなくなったら、自分だけになる。申し訳ないが、九門は「よかった」と思ってしまった。店長的には客が少ないのはイイコトなわけがないのだが。
15分ほどののち、客は九門だけとなった。
ふたりはカウンター席に並んで座った。
続く
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小説/僕のラノベは世界を救う 第15話/先輩に励まされた へのコメント一覧
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