こんばんは、
0時をまわり、日付が2021/3/11になりました。
説明するまでもないことですが、
あの震災の日から10年となります。
10年前のあの瞬間、
東京都千代田区のオフィスにいました。
あんなに色んなことを「覚悟」した瞬間は
あとにもさきにもないと思います。
本当に怖かった。とんでもない時間だった。
そういえば「あのとき、どこで何してた」の
会話は、この10年で何十回もした気がします。
覚えてない、と言った人は一人もいません。
すべての人にとって、忘れられるわけのない
大きな大きな出来事だったということです。
当時、Kの部屋の執筆を始めて5年半の頃でした
(ブログ開設が2005年10月なので)。
ブログがある程度の規模になっていたこともあり、
何か出来るんじゃないかと、コメント欄をみんなに
使ってもらったり、有用な情報の拡散を行ったり、
出来ることをやらせてもらいました。
あのとき、約1,000件のコメントが集まり、
こんなブログでも何かの役に立つのだと
不思議な気持ちになったのをよく覚えています。
そして、誰に何をというわけでもなく、
とにかく集まってくださった皆様に対して、
ありがとう、の思いでした。
↓
なんともあったかい時間でした。
人間は、そもそも優しい生き物なのだと、
改めて思った夜でした。
そしてこの10年、
毎年この日には過去の日記を読んでいます。
あの日の翌日に書き、1年後に公開した日記です
(すぐに公開できなくて1年寝かせていました)。
読むと鮮明に思い出します。
ちょっと忘れていたことも思い出します。
ときに鼓動が高鳴ることもあります。
そういえば、10年経ったいまでも、
いわゆる「地震酔い」はたまにあります。
あれ?今揺れた? となるんですよね。
後遺症なようなものはまだあるのでしょう。
なんともあったかい時間でした。
人間は、そもそも優しい生き物なのだと、
改めて思った夜でした。
そしてこの10年、
毎年この日には過去の日記を読んでいます。
あの日の翌日に書き、1年後に公開した日記です
(すぐに公開できなくて1年寝かせていました)。
読むと鮮明に思い出します。
ちょっと忘れていたことも思い出します。
ときに鼓動が高鳴ることもあります。
そういえば、10年経ったいまでも、
いわゆる「地震酔い」はたまにあります。
あれ?今揺れた? となるんですよね。
後遺症なようなものはまだあるのでしょう。
そんななか、
ふと部屋を眺め、のんきにテレビを見ている子供が
いることにホッとします。
よく言われることですが、「当たり前のことが
実は大きな幸せ」なんですよね。
あの日のことは決して忘れることはできないし、
思い出すことに意味もあるんだと思います。
長い人生、いいことも悪いこともあり、
ときに心に黒いものが現れることもあるけど、
10年前、あんなにも人のために頑張ろうと
自分は思ったじゃないか、と。
あんなにみんなに感謝したじゃないか、と。
いつだって、人には優しくありたいものです。
それを忘れず、また毎日ブログを書いていきます。
みなさま、引き続きよろしくお願い致します。
編集者・K
3月11日、あの日を忘れない。 へのコメント一覧
楽しい記事をお待ちしています!
10年前のKの部屋でこんなことがあったとは知りませんでした。
なんだか遠い昔のようでつい最近のようでもあります。
あの日は忘れられません。
あのときこのblogの更新が楽しみだったのを覚えています。
あれから10年経過し、blogも継続されていて感慨深いものがあります。
今後も無理なさらず続けていただけることを願っています。
そして友達と500話を早く読みたいと話ししていたのが懐かしく感じます(笑)
私は九州なので、テレビを見ながら衝撃を受けました。
kさんの記事のコメントも何度も読み返したのを覚えています。
風化させちゃいけませんね。小学校の教師をしているので、毎年この時期には東日本大震災の授業をして、命について考えさせています。
「あ、また来た」
そして揺れが大きくなっても
「またか」
停電になる。
あれ?
先日とは違う?
そう思った記憶は未だに鮮明に残っています。
あれから10年。
まだ、もう。
誰にとっても10年という月日は間違いなく経ったんですよね。
日記読ませていただきました。
記録に残すのは大切なことだと感じます。
ペンは剣よりも強し、という言葉を思い出しました。
そして、これからも“続き”楽しみにしております!
(山形県 PN ぶてふ)
私は震災後、少し落ち着いた2013年より会社の指令で復興関連の仕事をすることになり、およそ8年が経ちました。
震災の当日は大阪で仕事をしていたので東日本の方々よりも影響は少なかったです。
それでもその夜に見たニュースでの悲惨な光景は忘れられません。
このブログを知ることになった切っ掛けは随分前の事で忘れてしまいましたが、毎日の更新を楽しみに過ごす日々は地元大阪でも出張先の福島でも変わりません。
人の良い所も悪い所もこの災害を通して沢山見せつけられました。
このブログはそんな日々において安定した余暇の癒やしです。
Kさんには感謝しております。
今後も頑張って頂きたいと思い、ふとこの気持ちを伝えたくなりコメントを残させて頂きました。
涙が溢れてきました。
Kさんの部屋にお邪魔するようになったのいつからだろう リアルタイムでは読んでいない気がします。
現在仙台に向かう常磐線の特急の中です。
急遽連休が取れ、1日遅れですが向かっています。
現地にお金を落とす事が貢献の一助になると信じ、散財してきます。